海上旅館:詩的な寓話 冷戦の時代、米軍第七艦隊による台湾防衛のため、禁断された台湾海峡の両側に位置する台湾と中国は、対峙する分断国家になった。冷戦構造解体後、海峡を挟む両岸政府は条件付きのもとで交流を始め、台湾側は外国人労働者を受け入れはじめたものの、国家安全の理由で中国人労働者の受け入れは禁絶してきた。 消費社会が成熟しつつある台湾は、重労働の仕事を徐々に外国仁労働者や先住民労働者に任すようになったが、ハイ・リスクを伴う過重労働の漁業労働だけは、暗黙のもとに中国人労働者がするようになった。これらの漁業労働者は身分上の関係で台湾の陸地には着くことができず、正式の労働証明書も取れないまま、台湾沖の古い船体に身を寄りながら、日々台湾漁船の出港を待ち、漁業労働に就いている。 彼らは、まるでボーダーをさまよう難民のように終日漁船上で漂白しているのだ。台湾の人々はこれらの中国人漁業労働のことを「海上旅館の住民」と呼んでいる。 「海上旅館」はこのような背景をもって劇の名前になった。ただ、これは一つの寓話にすぎない。 この劇の設定は、地震に遭遇した小さな町で、役者たちが自分らの演劇を創作するためになやんでいる。そしてその時に、その流浪離散の心境をもっとも語り得る概念は、「海上旅館」でしかないと悟るのだ。したがって、「海上旅館」はただの詩的な寓話である。このような詩的な境地を通して、役者たちは現実世界以外の流転の幻の中に入った。われわれはこのような存在のしかたに与するものたちを「国境内亡命者」と呼ぶ。