<「野戦の月」メンバーその他の活動と、友人たちとの協働>

 独火星

「独火星」は元風の旅団のメンバーである池内文平、大谷蛮天門、藤島かずみ、橋本吾道らが結成。

呼応計画の一番 『泥の河で眠れ都市』 1993年9〜11月 松本・博多・小倉・広島・京都・東京
作/演出・池内文平 役者・高木淳 池内文平 藤島かずみ 大谷蛮天門 いむたこうし 橋本吾道

呼応計画の二番 『千の眼と千の夜』 1995年9〜10月 広島・東京南千住・東京立川・東京法政大学
作/演出・池内文平 役者・黒川然 河田真由美 橋本吾道 藤島かずみ 唐川久美子 富樫繁人 池内文平 大谷蛮天門

呼応計画の三番  『メフィ』 1998年5 東京南千住
作/演出・池内文平 役者・伊郷俊行(発見の会) 大谷蛮天門 近江屋ナナ 然 桜井大造(野戦の月)左武狼 崇 南 根岸良一 (野戦の月) ばらちづこ(野戦の月) 藤島かずみ 水野慶子 リュウセイオー龍 池内文平

独火星呼応計画 『東京難民戦争 九龍の蛆虫ども 第一部 火の記憶』 2001年12月 東京中野光座
作/演出・池内文平 役者・大谷蛮天門 大場吉晃 水野慶子 左武狼 根岸良一(野戦の月) 葉桜由良之助 (フン族) ばらちずこ(野戦の月) 真鈴 リュウセイオー龍 池内文平
2004


「差事」劇團


台湾の著名な詩人でありジャーナリストでもある鍾喬(チュンチャオ)が主宰する「差事」(アサイメント)劇団。野戦の月の桜井大造とフィリピンで出合い交流が始まる。1999年8月野戦の月台湾公演に於いては台湾での制作を担ってくれる。

『A Sudden…〈一瞬間〉』台湾大震災 先住民・客家人 被災地支援 イベントvol・2
 2000年東京国立・木乃久兵衛
詩作/朗読・鍾喬 ムーブメント・李薇 チェロ・坂本弘道

「裂罅の中での詩行」−詩の朗読と演技−について
                  鍾喬
 震災後の迎えた2000年の元旦、私は野戦の月の桜井大造の家で床についた。その晩、私は被災地の痛ましい惨状の夢をみた。
 異郷の友人が温かくもった枕元に、私の焦慮した魂が湧き上がった。傍らで眠っていた日本の友人が、突然、しかも夢の中で私を揺り起こした。
 払暁の目覚め、恍惚の中、混沌とした私の脳裡に夢物語のように時間を朗読する声がきらめいた。
 夢物語のような詩、つぶやきような吟詠、「流亡する風をはらんだ帆の群れが、詩人のうねり続ける魂の海域と絶えず行き交い・・・・」
 震災発生ご、差事劇団のメンバーは霧社の震災地に救援におもむいた。その地では一つの時が流布していた。「ある先住民の祈祷師が、地震の発生を予感し、集落の民を引き連れ避難したが、その行方は杳として知れない・・・・」
 また、客家(ハッカ)の被災地を訪ねた際、一人の長老はこう囁いた。「古びた屋敷が轟然と倒壊した後の、この腐ったような臭いは、すでに数百年前から徐々に伝えられてきたものだ・・・・」
 神話のような伝聞や叙述は、まさしく共同体が苦痛に満ちた災難を体験した後の贖いいなのだ。霊魂の深處からの贖いを、社会への関与の意義をもって解き放つ。このことを試してみたい



『記憶的月台』 2000年6月 広島・アビエルト
「広島野戦の月」の中山幸雄が新たにひらいた空間、「カフェ・テアトロ・アビエルト」でのこけら落とし公演。野戦の月から桜井大造が
台本共同執筆&演出し、伊井嗣晴・伊牟田耕児が役者として参加した。
演奏・大熊亘 坂本弘道 木暮みわ 空想民族音楽SAYAN

たとえば広島の逢魔が時、可部線上八木の無人駅に降り立った彼ら異邦人たちは、異国の魔物と出逢おうというのか。
 台湾社会の深部に妖怪のように居住するいくつもの時間の帯、その帯がくるくるほどけ、風になびく一反木綿のように彼方に生き延びる。彼らはその線路を渡ってきたのだ。
 喫人(食人)の記憶から逃れられない詩人がいる。手にするのは、真っ赤に塗り潰された魯迅の「狂人日記」だ。彼の言葉の断片は、時折、血飛沫のようにあたりをぬらすだけだ。むしろ、溺死の記憶に結ばれた原住民の少女、大陸から台湾に売却された大陸花嫁、白色テロ時代に上演を封殺された芝居を求める女優、それらの記憶を集めお腹の児に食べさせようととする妊産婦。いずれ積残された記憶とはいえ、それは哀しみや悩みの庭に沈んでいるわけではない。それらが袖擦れ合い、ときには絡み合って記憶の糸で織られているタペストリーを造形する。台湾の妖怪たちの時間が、もうひとつの時間の帯を織るのだ。
 もちろん、織り込まれているのは、広島在住の魔物たちとヒロシマのもうひとつの記憶だ


『記憶的月台』 2000年8月台湾・台北市
「Tent Theatre Festival 2000 in Taipei」にて再演。野戦の月と同じドームテントを新たに製作、テントを中心に行われたフェスティバル。
舞台・中山幸雄 田口清隆 遠藤弘貴

『海上旅館』 2001年11月 広島・アビエルト
差事劇団単独での公演。

海上旅館:詩的な寓話
 冷戦の時代、米軍第七艦隊による台湾防衛のため、禁断された台湾海峡の両側に位置する台湾と中国は、対峙する分断国家になった。冷戦構造解体後、海峡を挟む両岸政府は条件付きのもとで交流を始め、台湾側は外国人労働者を受け入れはじめたものの、国家安全の理由で中国人労働者の受け入れは禁絶してきた。
 消費社会が成熟しつつある台湾は、重労働の仕事を徐々に外国仁労働者や先住民労働者に任すようになったが、ハイ・リスクを伴う過重労働の漁業労働だけは、暗黙のもとに中国人労働者がするようになった。これらの漁業労働者は身分上の関係で台湾の陸地には着くことができず、正式の労働証明書も取れないまま、台湾沖の古い船体に身を寄りながら、日々台湾漁船の出港を待ち、漁業労働に就いている。
 彼らは、まるでボーダーをさまよう難民のように終日漁船上で漂白しているのだ。台湾の人々はこれらの中国人漁業労働のことを「海上旅館の住民」と呼んでいる。
 「海上旅館」はこのような背景をもって劇の名前になった。ただ、これは一つの寓話にすぎない。
 この劇の設定は、地震に遭遇した小さな町で、役者たちが自分らの演劇を創作するためになやんでいる。そしてその時に、その流浪離散の心境をもっとも語り得る概念は、「海上旅館」でしかないと悟るのだ。したがって、「海上旅館」はただの詩的な寓話である。このような詩的な境地を通して、役者たちは現実世界以外の流転の幻の中に入った。われわれはこのような存在のしかたに与するものたちを「国境内亡命者」と呼ぶ。


「世界根岸劇場

独身者の機械。「根岸」の小宇宙ではなく、世界は「根岸」である。そんな感じ。

『究極の神々』 1995年1月  作/演出・寺川努 役者・根岸良一 寺川努 音楽・西村卓也

『駅伝銅像』  1997年4月 東京・テルプシコール 作/演出・寺川努作 役者・根岸良一 寺川努 藤島かずみ 伊牟田耕児 音楽・西村卓也

『ドリーにキッス』 1999年1月 東京国立・木乃久兵衛 作/演出 池内文平 プロデュースソライロヤ 根岸良一 ばらちづこ 岡本伊津子 藤島かずみ 伊東六八 映像・佐々木健 音楽・西村卓也


「魚人帝国」

京大西部講堂を拠点とし、旅芝居テント劇団。旗揚げ以来一貫して伊井嗣晴が全面的に参加。伊井の顔が本当に魚人のようなので、こういう名前の劇団になったという噂もあり・・・。

『畸形の天女』 1995年4〜5月

『キリクとゴーゴーの境』
  1995年12月

『泥修羅BOMBA』
 1996年9〜11月

『白いカラスは歌うクジラの夢を見て泣く』  1997年11月

『DOOM・神州纐纈城』
1999年8〜9月


「三日月丸」

『嘘物語』 1998年7 年 雑司ヶ谷鬼子母神

「三日月丸」は野戦の月の香乃カノ子、人形遣いである銀猫商會の黒谷都、台本演出担当・桜井大造の3人によって結成される。人形師は渡辺数憲と松沢香代、美術は小川哲朗とソライロヤ(照明)、舞台は村重勇史と烈児、音響は新井輝久、人形遣い後見役として加藤知子、沙蘭。ゲストとして清水浩一郎、伊牟田耕児、K・ロハンが出演。(『桜井大造上演台本集 野の劇場』論創社99年6月刊に収録)



「この奴」

『聞け、万国の労働者』  1998年10月 東京PlanB

「この奴」は伊牟田耕児の一人パフォーマンス名。ゲストとして元風の旅団の星野哲郎が出演。生演奏はアルトサックスの吉野繁。人形製作は松沢香代、照明はナカムラアツシ、舞台は烈児、作曲は小間慶大、作文は桜井大造、後見は竹本幹。



「活人(塾)」

元風の旅団の中村敦と元夢一族の裂児たちが結成したテント劇団。

『カ・ミ・ノ・シ・ロ』 1994年10〜11月
伊牟田耕児と後に野戦の月に参加する伊東六八が役者で参加。

『禿山の一夜』 1997年10〜11月
伊東六八と野戦の月休団中の森美音子が役者で参加。



「発見の会

『桜姫シンクロトロン・御心臓破り』 1997年7〜8月 東京南千住・野外公演 
*桜井大造が上演台本を担当(『桜井大造上演台本集 野の劇場』論創社99年6月刊に収録)