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共働・参画・加担への誘い マダンの光・2005
私たち「マダンの光」は、この五月に「光州蜂起」25年を期して韓国・光州市でひらかれる「光州アジアン・アート・ステージ(光州マダン)」に参画しようとする演劇人のあつまりです。主なメンバーは、このクニのテント芝居集団である「野戦の月・海筆子」と「独火星・呼応計画」で活動する者たちで、80年代に日韓連帯運動の場で隊伍をともにしたテント劇団「風の旅団」の流を汲む者たちです。
私たちは、「光州マダン」の企画者から、この催しへの参加を打診されましたが、結論から先にいうと、それは断りました。というのも、近・現代の日韓(朝)関係の現実のなかで、私たち日本の表現者が公的資金を使って韓国に出かけてゆくことはとても了解できないことだったからです。折しも本年は日韓条約40周年にあたる年です。日韓両政府は、「北」との関係を含めて、何かにつけ、これを喧伝し、新しくもない「新時代」を言挙げして、現在もなお続く両国間の未解決な歴史的諸問題にフタをしようとするに違いありません。私たちはこうした思惑に、これまでそうであったように、今回もまた一線を画したいと思います。
むろん「光州マダン」の企画自体は、そのようなものとは無関係であることはいうまでもありません。ただ私たちとしては、くりかえして言いますが、どのような形にしろ、公的資金によって運営されるであろうどんな企画にも積極的には参加できないのです。皮肉な言いかたになりますが、これは帝国主義本国人としての最低の心構えなのです。
とはいっても、「光州マダン」実行委の厚意や、それまで培ってきた企画者たちとの友誼を無にすることもできません。ものごとの始まる一歩手前で足踏みしたり手を拱いてばかりもしていられません。そこで私たちは、実行委員会に無理を言って、相互の信頼関係のうえで「非・招待作品」としての参画を提案しました。その結論はまだ出ていませんが、いままでに2回の訪韓と日常的な通信のやりとりでそのような方向で話はすすめられています。
「非・招待作品」というのは、本企画期間中に、企画者と協同して、本企画とはまた別の「場」をつくり出すということです。そしてそのふたつならが大きな「光州マダン」を形成してゆくというものです。具体的な方法についてはいまだ話し合い中ですが、いずれにせよ、私たちは責任の一切を私たち自身がもって、「光州マダン」に参画してゆこうと思っています。
参加作品は、げんざい作家(池内文平)が執筆中ですが、外題は『新しい天使−月にいちばん近い丘まで』といいます。「新しい天使」とは、むろん、自由を求めて、ついにピレネー山脈を越え得なかったW・ベンヤミンに由来していますが、「月にいちばん近い丘」とは、いうまでもなく「自由光州」で闘い倒れたひとびとがいまも眠る「望月洞」を含意しています。おそらくそれは、1980年5月の光州ばかりではなく、そこから千キロ離れたこの地と、25年を経た現在を撃つものとなるでしょう。(約1時間半の中編)…
以上が現在までの私たちが「光州マダン」に参画する基本的なスタンスと進捗ぐあいです。
そこで!これを読むひとびとにお願いがあります。どうか、私たちの「光州マダン」に加担してください。私たちは、芝居づくりはお手のものですが、それでも海峡を越えるとなると多くの問題が山積です。
まずはコトバの問題。芝居は主に日本語でやりますが(韓国の俳優も参加予定)、そのハングル訳をプロジェクターで投影しようと考えています。その翻訳がひと仕事です。どなたか、両国のコトバに堪能なかたのご協力をお願いします。たぶんチームを組んでの作業となりますが、どうかよろしく。
その他、器材のシステムのちがいや、現地事情など、次々に難問が惹起してくるに相違ありません。これは!と思いつくことがあればお教えください。
未熟な私たちの無謀な行為に、ぜひとも共働・参画・加担してください。実費以外、無償になりますが、うまい酒がのめることだけはうけあいです。
2005年3月
「マダンの光」一同
(文責・池内文平)
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